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インタビュー

Uターンカタシナ人

笠原 圭太 さん
 家族構成: 祖父・祖母・父・母
1992 年 群馬県片品村出身 → 群馬県高崎市(進学) → 片品村へU ターン

日本ではじめて設置された「地域政策学部」で学び、村役場職員に

子どもの頃から「大人になったら片品で働きたい」と思っていた

 うちの実家は、祖父母の代からかたしな高原スキー場の場内で民宿をやっています。自分もオムツをつけているような頃から、父親にスキーにムリヤリ連れていかれていました。

 実家の民宿は、冬季の営業なんですが、言われるがまま、小さい頃から手伝っていて。リピーターのお客さんも多くて、正月になれば毎年その人たちに再会して楽しくしゃべったり、一緒にスキーしたり。お客さんと家族ぐるみの付き合いもあり、お互いの家に遊びに行ったりもしました。そこまでの関係をつくれる仕事ってなかなかないだろうなと思って、そんな形で働く両親を尊敬していました。そういう影響もあったのか、いまも食べることの次くらいに人と関わることが好きですね(笑)。そんな感じで、家族や、地域の良さを感じていて、地元に残りたいという気持ちはあったんです。

 片品にいると、私立の学校に進学したり転校しない限り、同級生は生まれてから中学までずっと同じメンバーなんですが、高校で隣の沼田市に出て、近隣の色々な地域から集まってきた同級生と知り合って、よそと比較した片品の良いところにも気づいたりするようになりました。実家の民宿業というのは片品では多い職種だけど、よそから見ると特殊で面白い仕事なんだなと。後は、親がサラリーマンの同級生なんかは、親が働いてて夕ごはんは別々に食べてるなんて聞いて、うちはお客さんが夕ごはんを食べた後に、いつも家族揃って食卓を囲んでいるなあって改めて気づいて。自分の家みたいに、家族で一緒に働きながら、毎晩おじいちゃんおばあちゃんも含めてみんな揃ってごはんが食べられるというのは、幸せなことなんだと初めて知りました。

子ども時代の圭太さんとお父さん。かたしな高原スキー場にて

大学のフィールドワークで片品村に関わる

大学は、親からの「県外や私立でなく、県内の国公立校に進学したら車を買ってやる」という甘い誘いにのって、高崎経済大学()の地域政策学部に進学しました。でも結果的に、片品の観光や片品村の将来について、改めて知るきっかけになったのは大学での勉強がきっかけでした。

(※群馬県高崎市にある高崎経済大学は、1996年日本国内で初めて地域政策学部を設置した大学として知られる)

地域政策学部の「観光政策学科」を2年時に選択したんですが、必修の授業で受けた教授の授業が面白くて、グリーンツーリズムとかも興味があるし覗いてみようかなと、その教授のゼミに軽い気持ちで見に行ったんです。そうしたらゼミの先輩もすごくやる気があって。しかも先輩の1人がたまたま卒論のフィールドワークに片品村を選んでいたんです。実家が観光業をやっているので観光客減少を身をもって感じていたり、村では若い人が出て行って人口減少になっているというのは知っていたものの、自分には何が出来るのか分からないという感じだったんです。でもそこで、「大学の勉強で片品の研究もできるんだ」と気づいて。

さらに同じゼミに、もう1人片品出身の同級生も入ったんです。その子は尾瀬高校()の自然環境課に進学して、高校時代から地域と学生が一緒になって活動する「域学連携」に取り組んでいました。それで、村でイベントをやったら都市部から学生も連れてこられるし、一時的だけど地域も盛り上がって面白いんじゃないかということで、僕たち片品出身の2人を含めた同級生4人で「カタコト」という企画を実施することになりました。

(※片品村の隣・沼田市利根町にある群馬県立尾瀬高等学校は、環境教育に特化した“自然環境科”を持つ全国唯一の公立高校。県外からの留学生も多く、一部の生徒は片品村でホームステイをしている)

2014年のカタコト

カタシナでしかできないコト

 カタコトは「片品でしかできないこと」の略で、目的は「地域の人と学生が、体験しながら交流できる場をつくること」。若者と片品村の住民が協力して地域の活性化を図るために、若者を対象としたイベントを実施して、また片品村に来たいと思わせるきっかけづくりにしたいというのがコンセプトです。

3年生の時に実施した第一回目のカタコトは、県内の大学生が40-50人集まってくれて、片品でしかできない、収穫体験や豆腐づくり、伝統料理体験やフラワーアレンジメント、さらには炭の植木鉢づくりなどをメインプログラムとして実施しました。そのあとワークショップとして、体験交流した片品の人たちと片品のことについて意見を互いに出し合いました。翌年は後輩に引き継ぎつつ、村内でもママさんグループを中心に、より幅広い人に声をかけさせてもらい、試行錯誤しながら2回目を開催しました。自分の卒業後の2015年も、後輩が第3回目のカタコトを実施して、地域の人へのインタビューや村内での取材を元に「片品魅力発信マップ」を作ったりと、取組みを続けてくれています。

片品村役場「むらづくり観光課」に就職

 就職は、大学時代に関わった片品の人から、村内だとパートはあるけど正社員の枠はなかなかないと言われていたので、最初は村に帰るのは諦めていたんです。なりわいとして、多業化的に生活するのもいいなとも思いましたが、まずはどこかに所属した社会人として働きたいなと。じゃないと、学生の頃の感覚のままだらだらと続きそうな気がして。あとは、都内や全国転勤の仕事とかも経験になるし、それもいいんじゃないかなと思って就職活動をしていました。でもなかなか内定が出なくて苦戦していた頃、母親から「片品村の広報に役場職員の求人が出てる」という話を聞いたんです。自分は大学で地域のことをやってきたし、カタコトなどの活動を通して多少なり村内での繋がりも生まれたし、役場職員というのもいいんじゃないかなと思って、ダメもとで受けてみたんです。少子高齢化で村の存続が危ういということも、何かやらないといけないということも分かっていたので、微力ながら戦力になれればなと思って。実際入ってみてここまで色々な仕事を任せられるとは思っていなかったですけどね(笑)。

 いまの業務は多岐に渡っていて、空き家利活用と移住定住の推進、食の盛り上げに関すること、六次産業化推進に関すること、地域おこし協力隊に関すること、創業支援に関することなどです。

 2年目になってある程度仕事に慣れてきて、少しは周りを見て仕事ができる余裕が出来てきたかなと思ってはいるのですが、いま担当している仕事は前例がないことに取り組まないといけないことが多いのでそこは大変ですね。フロンティア精神というか。でもやりがいはすごくあります。まあ、それ以上に失敗の連続ですけど。

 むらづくり観光課の業務は役場の中ではデスクワークの比率が低めで、現場とデスクワークが半々くらいなので、そういう意味でも楽しいです。

 農業関係の六次産業化に関しては、大学時代はあまりやってこなかった分野なので、少し知識不足なところがまだまだありますが、仕事を通して今まで関わりのなかったJAの加工場の人や、農業事務所の人とも繋がりができたり、県内の他の地域で六次産業に携わっている方とも繋がりができたり、そういうものは長い目で見て片品にとっても自分にとってもプラスになるだろうなと感じています。

担当として企画・制作・実施した「尾瀬ブランド」パンフレットと「まっと、食っちょん!?」

 昨年は「尾瀬ブランド」のパンフレットの改訂を担当したのですが、村外から来た「片品村地域おこし協力隊」の方や、片品出身の若い切り絵作家さんと一緒に、片品の雰囲気を伝えたデザインのものを制作することができました。片品の魅力を伝えるとっかかりの一つにしていければと思いますし、更なる魅力発信のため、かたしなの食・盛上委員会と連携して企画を画策中です。

 まだまだ手探り状態ではありますが、村にとって必要な仕事をしっかりやりつつも、自分の最終的にやりたいことやビジョンを見つけていけるように、前向きに取り組んでいければと思います。

話し合って意見を聞く、ということをしっかりやっていきたい

 大学時代、高崎のアパートに住んでいて、大雪で街のインフラが機能しなくなったときがあったんです。その時、アパートに住んでいたのですが、誰1人雪かきをしないことに驚いて。街では隣同士の繋がりが本当にないんだなというか、近くに住んでいても精神的な壁があるんだなと実感しました。片品は人と人の間が近くて、悪い意味でいうと顔が見えすぎるというのもあるんですけど、地域の付き合いなんかも村の暮らしを維持して行くためには意味があるし、自分は人付き合いだと思って楽しんでやっていこうと思っています。

 いまの部署では、残業していると先輩が気遣って声をかけてくれたり、答えが出るまで相談に乗ってくれたりと、「チーム」という感じがあって、1人で仕事してるんじゃないんだなというのを気づかされます。自分は大学のときから、意見の違う人同士で合意形成をはかったり、そこで生まれたものを実行してというグループワークをやっていたので、今やっている仕事もそれと一緒な気がして楽しいんですよね。お互いに意見を持っていて、話し合うことで折り合いをつけたり、自分だけでは出てこないアイデアが出たり。自分と違う意見の人も、むしろ参考になる考えを持っていたりするので、理解できるまでちゃんと話したいと思っています。

東京で開催された移住相談会で、片品村をPR

地域の繋がりがあってこそ、村の暮らしは楽しい

いま移住相談窓口の担当もしているのですが、田舎暮らしの理想と、現実は違う部分があるので、そこを分かってきてもらえるといいなと思うことはあります。

 例えば田舎暮らしっていうと、自然豊かなところでゆっくりのんびりできるのかなと思うかもしれないんですけど、それが出来るのは地域の繋がりがあってこそだと思うんです。雪かきとか、地域の清掃活動を「みんなで助け合ってやる」という基盤があってこそなんですよね。何か問題がおきて1人で解決出来ない時に、人と人との繋がりをつくっておかないと頼ることもできない。都心に比べてインフラも整っていないし、お金でサービスを買えるものが少ないので。

 特に、片品は周辺の地域と比べても、地域の繋がりが強いと言われていることもあり、ある程度地域のことに関わるつもりでいないと、完全移住はちょっと難しいかもしれないなと思います。片品ではボランティアのことを「人足(にんそく)」というんですが、地域の人同士で困った時は人足でカバーする、それが村の良いところなのかなと思います。自分も面倒だなと思ったりすることも正直多いですが、ムリのない範囲で参加したり断ったり、その辺のさじ加減も地域の人に聞いてはじめて分かる部分もあるので、繋がりはやっぱり大事ですね。それでも、同じ地域の色んな世代の人と、みんなで何かやるというのはやっぱり楽しいですよ。